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上尾市観光協会認定ボランティアガイド団体

あげおアッピーガイドの会



上尾宿〜旧鎌倉街道コースageojuku-kamakura st.

コースマップ

起点






0.3
km
@
氷川鍬神社

0.8
km
A
愛宕神


0.8
km
B
旧鎌倉街道

0.8
km
C



氷川神社

1.3
km
D
上尾市役所

0.5
km 
E
遍照院
 
0.3
km
 終点






観光ポイントの説明


 起点・終点 JR上尾駅東口 
  JR上尾駅は明治16年(1883)開業しました。
高崎線内では、最も古い駅の1つです。平成23年(2011)駅舎改修工事完成、駅舎は東西自由通路と一体化され、たいへん機能的になりました。
@ 氷川鍬神社
上尾の総鎮守として御鍬大神宮と呼ばれてきました。明治40年頃の神社合祀の時二ツ宮の氷川神社の女体社が合祀され氷川鍬神社と改称されました。御神体は小鍬二挺です。境内には聚正(シュウセイ)義塾の学舎である『上尾郷二賢堂(ジケンドウ)碑記』と、江戸の学僧『雲室(ウンシツ)上人生祠碑頌(セイシヒショウ)』の2石碑があります。
A 愛宕神社
御神体は勝軍地蔵菩薩です。創建は不明ですが愛宕神社の有った場所は今の東町2丁目1番〜1丁目3番にかけた地と思われます。現在の地に移ったのは明治40年代の神社合祀でした。二ツ宮氷川神社の女体社の方だけが宮本町の鍬大神宮(現在の氷川鍬神社)に合祀しました。空宮(アキミヤ)となった女体社の建物を譲り受け、現在の地に建てたのが今の愛宕神社です。
B 鎌倉街道
旧鎌倉街道は幕府の有った鎌倉と全国各地を繋いでいた道でした。上尾市を通る旧鎌倉街道は羽根倉道(はねくらみち)と呼ばれ別所−西宮下−上尾陸橋交差点−東町(むくの木)−芝川(鎌倉橋)−二ツ宮氷川神社−上尾村原の前−密蔵院−伊奈−菖蒲−加須の大越−中の道・奥州に繋がっていました。写真のむくの木は往時の街道を行き交う旅人を見つめてきました。
C 二ツ宮氷川神社
二ツ宮氷川神社は江戸時代には上尾村・上尾宿・上尾下村を含めた3か村の総鎮守で氷川男体社と氷川女体社の2つの神社から成り立っていました。御祭神の主神は素盞鳴尊(スサノウノミコト)です。本殿は二間社流れ造りで江戸時代末期の建立と言われています。本殿の側壁には中国の故事に因む見事な彫刻は市指定文化財です。
D 上尾市役所(瓦葺懸渡井官費営繕之真景図)
川の立体交差で瓦葺の綾瀬川と見沼代用水との交差する所にあります。8代将軍吉宗は国元から紀州流(土木技術)の技術者の井沢弥惣兵衛為永に命じて、見沼代用水の工事をさせた。工事は享保十二年(1727)十月から始め僅か五ケ月で完成しました。見沼溜井と近くの沼の水を荒川に落とし、1,800町歩の新田が生まれました。代用水は60kmにおよぶものです。
E 遍照院
日乗山秀善寺遍照院、通称『上寺』真言宗智山派に属し、御本尊は大聖不動明王です。江戸時代は20石の朱印地を領していました。『新編武蔵風土記稿』によると京都御室の仁和寺の末寺となっています。開山は室町時代の応永元年(1394)で阿順法印により開かれました。
慶派の後継者である大仏師松本明慶師作 十一面千手観世音大菩薩像があります。聚正義塾の創立に功があった山崎武平治碩茂(セキモ)の墓や上尾宿大村楼の主人が遊女『お玉』の心根を愛しんで、「遊女お玉」の墓を建立したと言われています。また三世式守伊之助の墓があります。


 


information

あげおアッピーガイドの会

〒362-0042
埼玉県上尾市谷津 2-1-50
上尾市プラザ22
上尾市観光協会内
TEL:048-775-5917
FAX:048-775-5024


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