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上尾市観光協会認定ボランティアガイド団体

あげおアッピーガイドの会



上平観光コースkamihira TOUR COURSE

コースマップ

起点










0.4
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1.0
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1.8
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終点








観光ポイントの説明               →イベント情報(上平地区)

<推奨コース>
 起点・終点 JR北上尾駅東口
JR北上尾駅は昭和63年(1988)12月に開設されました。畑と雑木林のなかに住宅が点在するのどかな農村に新しく駅ができ、その後急速に住宅化が進んでいます。駅の西口脇には野球強豪校で甲子園に何回も出場した上尾高校があり、東口の近くにあった大きな公園もショッピングモールに生まれ変わりました。駅前ロータリーは地域の住民の協力で花壇がきれいに整頓されて、皆様をお出迎えしています。
@ 上尾の立場 (タテバ)
立場とは江戸時代、宿場と宿場の間の施設で、人足や駕籠かき、馬などの休息場として設けられました。藤沢周平の時代小説に出てくるお茶屋さんのようなものです。上尾の立場は上尾宿、桶川宿それぞれから約2kmの距離で、須田家が管理していました。上尾の立場・須田家は、代々経営能力に優れ、一介の茶屋の主人から、武州紅花の仲買業に進出したり、忍藩の蔵米取扱いを任された御用商人となったりし、大きく財を築きました。現在もご子孫が江戸時代に立場のあった場所に住んでおり、黒塀に囲まれた広大なお屋敷です。須田家には、紅花の取引、醤油醸造、米取引、忍藩藩米取扱い等に関する貴重な文書が多く保存されており、市指定文化財となっています。
A 上氷川神社
旧上村の鎮守で、「上村の氷川様」で親しまれ、この地域の上村・久保村・門前村・南村・桶川宿の五か宿村の鎮守でした。毎年、桜の花咲く4月2日に神楽が奉納されて地域の人々で賑わいます。桜名所の一つで、市民の憩いの場所になっています。鳥居の近くには250年前に奉納された約60kgの力石があり、持ち上げられると一人前の男として認められた、と言われます。また300年前の庚申塔も大切に守られています。
B 龍山院とムクロジの大木
真言宗智山派のお寺です。室町時代(1457)の開山で、本尊は「十一面観音菩薩」です。300年前の十三世住職が諸国の札所巡礼をした記念に植えた「ムクロジ」は今では堂々とした大木です。6月ごろに開花し、晩秋に落ちる実は羽子板遊びに使われる黒玉になります。大好きな自家製ドブロクで子供の「みみだれ」を直す、と尊敬されていた第十六世住職も祠で祭られています。江戸時代のアルコール消毒は効果てきめんだったようです。
C 少林寺
臨済宗のお寺で、鎌倉時代(1288)に創建され、上尾市内の最古刹といわれています。開基の「覚山尼」は鎌倉幕府の執権北条時宗の奥方です。鎌倉の円覚寺の末寺で、将軍徳川家光から寺領十石の朱印状を受けています。200年前の涅槃図が大変良好な状態で保存されており、毎年春と秋には1週間ずつご開帳されます。横たわるお釈迦様の周囲で嘆き悲しむ弟子や動物の中に、江戸時代には珍しくバクが描かれています。山門は市指定文化財に指定され、茅葺型銅版葺の珍しい屋根の形をしています。江戸時代には寺小屋があり、明治に上平小学校になりました。また花の寺としても知られ、一年を通して季節の花が咲いています。
D 観光農園・私年号板石塔婆(上尾市指定文化財)
現在平野観光農園として知られていますが、平野さんの屋敷の奥に500年以上にわたり大切に祭られてきた史蹟があります。中世(南北朝・室町時代)の東日本の社寺で、私的に使用された年号「福徳二年十一月七日」が刻まれた「私年号板石塔婆」が、園内にあります。この私年号は公年号・延徳3年(1491)に当ります。大災害があると、寺社が年号を縁起の良い名前に変えてしまう、ということが室町時代に行われていたとのことで、他に弥勒、白亀、余禄等の私年号が確認されています。

<オプション観光スポット>

(P1) 菅谷北城跡
上尾市の最北東端で、東側に原市沼川と湿地が広がる台地の上に菅谷北城がありました。観応3年(1359年)に足利尊氏から春日氏に与えられ、菅谷北城を拠点として上尾、桶川、伊奈を治めました。この城は、岩槻城主太田氏に属して、小田原北条氏に対抗した防衛ラインの一角を形成していました。江戸時代に城は廃城となりましたが、春日氏の子孫は戦国時代を生き抜いて、浦和、大宮の代官として幕末まで続きました。
※写真 (上尾市HPより) は発掘調査で検出された堀跡 
(P2) 龍真寺
16世紀中頃に創建された曹洞宗のお寺です。本尊は釈迦三尊像で、約300年前の享保3年(1718年)に檀家の北川氏が亡くなった妻の菩提を弔うために奉納したものです。奉納した人物、理由、奉納の年が明確なのは珍しいことです。境内には十王堂が、山門脇には身代わり地蔵が鎮座しています。自動車が暴走して地蔵菩薩像に激突し、車は大破して地蔵の首が飛んだものの、運転者には怪我ひとつありませんでした。お地蔵様がわが身を犠牲にして守って下さったのだ、と地元では身代わり地蔵として信仰されていて、首をセメントで修復されたお地蔵様がやさしくお出迎えして下さいます。
(P3) 観蔵院
真言宗のお寺です。本尊は木造十一面観音坐像で、膝の前に密教の法具の三鈷杵(さんこしょ)を置き、厨子に納められています。坐像の高さは47.6cmで、玉眼、漆箔を施された寄木造りです。住職が常駐していない寺のために、通常は本堂が閉められていて拝観できないのが残念です。春には境内の桜の大木に見事な花がつき、大勢の見物客が訪れます。「北上尾 駅からハイキング」のコースにも選ばれていて、ハイカーにはお馴染みです。

 


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〒362-0042
埼玉県上尾市谷津 2-1-50
上尾市プラザ22
上尾市観光協会内
TEL:048-775-5917
FAX:048-775-5024


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